熱中症から奇跡の生還
「みかこ」
「み・か・こ・ち・ゃ・ん」
「みみ」
「ハウスして下さい」
「ほらみかこだけでしょう。どうしたの?」
いつもならハウスの時間になると、各自のお部屋の入口で早く開けてと言わんばかりに、待っているのに何回呼んでも入ってこないみかこ。
また、最後のひとりだから誰にも邪魔されずに甘えようと思って、例のお腹まる出しの「さわってョポーズ」でもしているのかと思いきや、なんだか普通に熟睡している。
「こんなところで、ちょっとお陽さまに当たりすぎでしょう、ホラみかこ入ろう・・・起きて・・・」
嘘!なんと、うっすらと目を開けたがまたすぐグッタリとしてしまう。
「みかこ、みかこ、みかこ、どうしたの、」
大声で身体をゆすっても反応がない。
胸に耳を当てて心音を聴こうとしても、ハッキリ聴こえない。みかこの鼻先に耳を傾け息づかいを聴いたが、うっすらとしか呼吸をしていない。体温は41℃もあり意識朦朧。
あわてて西田先生に電話をすると、とても危険な状態なので浦安まで運ぶ時間がないから、近くの病院へ一刻も早く連れて行くようにと。電話を次は佐倉の若山先生に連絡をとり、近所の友人たちに声をかけ女4人で毛布に移し変えて、それぞれ4すみをバランスよく持ってタンカのようにして車まで運ぶ。
脳裏に、マキシモルを飲ませようと急いで、カップに氷を数コと牛乳とマキシモルと、スプーンとスポイトと、ストローを持って車に乗り込む。
走行し始めてから、身体をもっともっと冷やさなければとコンビニにかけ込んで、ロックアイスとアルプスの水を買い、バスタオルをビッショリぬらし何枚も身体にかけ、氷も袋から出しそこら中にバラまいて、意識のないみかこの頭をそーっと私の身体のほうへ抱きよせ、グッタリしたみかこの口を開けて、マキシモル牛乳をスプーンで少量づつ気管に入らないように慎重に、慎重に、口を閉じてゴクッと飲み込むのを確認しながら、何回か繰返しているうちに病院に到着。
後ろのドアを開けると同時に、先生たちスタッフの方たちが、タンカを持って待っていてくれた。TVドラマのERさながらの緊迫感が伝わり、私の心臓の方も異様に緊張している。
若山先生はすばやく手を動かしながら注意深く症状をひと通り訊くと
「お母さんはそこに座って待っていて下さい。お母さんの動揺がうつるから...どうかそこで落ち着いて座ってて下さい」
そうは言われても、やはり座ってなんかいられない。今、何をどうしてるのかしら、少しでも見える所から、先生たちの邪魔にならない所で、陰に潜むように息をのんでそっと見ている。
ピッピッピピピピ------ピピ---ピッ---と心電図モニターの電子音があきらかな異常事態を物語っている。
このままあの音が止んでしまったらどうしよう...
ついさっきまで元気に遊んでいたのが嘘のようだ。
もう戻れないのか、そんなハズはない。
みかこは死なない。絶対に死なせはしない。
心拍の音がとぎれとぎれに耳に伝わる。
か細い音が死の淵をさまよっている生命そのものを強く感じる。
娘とふたり、小刻みにふるえる重ねた手にもお互いの不安と希望と、みかこを思う気持ちが交差し涙が頬を伝っていく。
「お母さんこちらへ」という先生の声で我に戻る。
「心拍が少し安定してきたので、そばについていて下さい。意識が戻ったときに動いて、手術台から落ちるといけないので...」
もう大丈夫よ、みかこ。絶対に目を覚ます。
そう信じて心の中でみかこの名を何度も繰り返し呼びながら、身体をそっとなでていた。
先生が何をどう処置してくれていたか見ていたはずなのに、何も記憶に残っていない。
病院にかけ込んで数時間が経過したころ突然、
「先生!みかこが・・・みかこが・・、笑った」
重たいまぶたが、2、3度ピクピクしてから、ハッキリ開いた瞬間「みかこ」と叫んだ2人。
それを見たみかこは、お口を少し開け私たちに微笑んだのだ。
それからお注射をしてもらって、しばらくすると本格的に意識が戻ってきたらしく、身体を動かし始めた。
下に降ろしてもらい、感動の抱擁。私たちは嬉しくて嬉しくて、みかこをかわるがわるギュッギュッと抱きしめて、チュッチュッとみかこが1番喜ぶことを、夢中でやっていたらみかこはフラフラ...
「もう、それぐらいでいいでしょう」と先生に促された。
もう1本点滴をしてもらい、みるみる元気を取り戻していくみかこ。
すごい生命力の強さと、神秘的な生命の尊さを痛感する。
なんとお礼を言ったらいいのか、なかなか言葉がみつからない。ただただ嬉しい思いで胸がいっぱい。
「先生、本当にありがとうございました。こんなに元気にしていただいて・・・先生のおかげです」と深々と頭を下げていると、先生から
『みかこちゃんはお母さんが助けたんですよ。機転の効いた処置と、素早い行動があったからこそ、それと、それに応えられるみかこちゃんの体力があったから...あと10分遅かったら、手遅れになっていたでしょう』とこんな言葉が返ってきた。身体中から鳥肌が立つ思い。
4本足で歩いて病院を後にする喜びと奇跡に改めて感謝しながら、病院が見えなくなっても振り続けた手は止むことがなかった。

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