ちょっとお邪魔します。
「白い大きな犬見かけなかった?」
人間必死になると恥も外聞も失くなるって本当のようだ。
何人の人に声をかけただろう。
どうして誰も見ていないのか、そんなに遠くに行ってしまったのか、車で連れ去られる程小さくないし、
そんなヤワじゃないし...
表通りも裏通りもいつもの自転車コースにもいない。
「チェルー」「チェルー」静かな住宅街を異様な声だけが響き渡る。
ノドを嗄らし疲れ果て、帰路に着いたその時、玄関の前に誰かいる、薄暗がりの中そーっと近づいていくと、お隣さんだ。
「あっ!こんばんは、うちの犬見かけませんでしたか」と言いかけたら「うちにいるわよ。しかもソファでくつろいでいる」
「えっ!そんな...」あわててお隣さん宅にお邪魔してみると、「何か飲み物は出ないの、おやつはなーに」
と言わんばかりの態度でソファに横たわってリラックスしている。思わずホッとした気持ちと、「あなたそこでなにをしてるの」という問いの後から、おかしさがこみ上げてきて噴出しそうになったがそこはグッとこらえて、とにかく直謝りをして許していただいた。
最初は、びっくりして全員静止状態、声も出なかった様子、それもそのはず、玄関から何事も無いような顔で入ってきて、先ず家族の方たちがTVを見ていたリビングのソファの上に、それからキッチンをひと回りしてお二階もチェックして、またソファに戻ってきたそうです。突然の予期せぬ訪問者にお隣さんのビーグル君は、驚きを隠せず庭へ逃げてしまって、出てきません。
しばらくはこのパニックから立ち直れないかも...ごめんね。
お隣さんも、どうしたものかと、しばし目が点になり息を飲んで静かに眺めていたが、ハッと我に戻って、うちに知らせに来てくれたわけです。
お気の毒に、本当驚かれたでしょう。
今となっては、二度と得がたい笑い話として語り継がれているかもしれません。
あのときのあの顔を決して忘れることは無いでしょう。
やはりいつ思い出しても、自然に顔の筋肉が緩んでしまう。
でも、考えてみたらかなりおかしな出来事。
あのお客さまぶりは一体なんだったのかしら。
犬である自覚をなくした犬とはまさしくチェルのこと。

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