悲しみを知っている犬
僕は時々悲しい表情をするらしい。
ママが「どうしたの、大丈夫よママがいるでしょ、ほらいい子ね、ステキね、ナイスガイだね、日本で一番ハンサムだね、皆がそう言ってるよ」
すごいほめ殺しの文句を一通り言いながら体中を抱きしめて、顔やら頭やらそこらじゅうにキスをしてくれる。
僕はとても安心しきって落ち着きを取り戻す頃には、何がそんな悲しかったのか、なんてことは忘れている。
ただ僕はもうすぐ10才になろうとしているけど、いまだに一人で留守番ができない、とてもじゃないけど、淋しくて淋しくて、家中破壊しそうなぐらい暴れ、ドアの鍵は壊れてしまうし、とても留守番どころじゃない。
チェルがいてくれれば、なんとかなるけど、それでもママが帰ってきて玄関を開けたときには、すごくすごく不安で淋しかったけど、必死で我慢していたことを話すのさ。
でもママは水をひっくり返したのー、壁が破れたのー、タオルがぼろぼろだのと、小言を言いたいのを「アラアラ」とおさえて僕のことを褒めてくれるのさ。
「エラかったね、よく無事にお留守番できたね」皆とはちょっとレベルがちがうかもね。
とにかくチェルとママがいないと僕が僕でなくなってしまうんだ。
うーんと小さいとき生後70日くらいのときの、空白の3日間(ママがそう言ってる)があってから、僕は一人きりでは10秒といれない。
ヒーンヒーンと淋しくて悲しくて泣いてしまうんだ。涙だって出るんだぞ。
空白の3日間に何があったかって、それはママに聞いてよ。僕は小さかったから恐怖感しか覚えてない。でもママもつらいから話すの難しいかも...
でも普段は僕だって普通のすごく聞き分けのいい良い子だよ。ママがいつもそう言ってるし。
僕の悲しい顔が見たかったらこう言ってごらん。「Pu太君、今日はお留守番お願いね」
ガーン、死ぬほど嫌いな言葉だ。
何がなんでも、何でもするから、「ママー」「ママ大好きだよ、愛してるよ、お願いだからー」とこのときばかりは、なりふりかまわず、ピレニーズのプライドの高さなんて、どこかに飛んでいって、ママにキスの嵐さ。
それでもダメなときは「お願いママー、僕を一人にしないって約束したのに、連れてって、ママー」とこうなる訳だ。
だから僕はいつも助手席にいるのさ。

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